一応、カテゴリーは「心と体』ということにしてあるが、これは別に心と身体のことだけに限られることではない。以前ジェームズ・アレンの『「原因」と「結果」の法則』①~④を読んだことがあるが、これは『成功の技法から、人の生き方までの、全ての原理が書かれている』ロングセラーのいうなればニューソートの元祖とも言うべき書である。
ジョセフ・マーフィーを始めとする、いわゆる人生哲学ハウツーものは全てこれのパクリではないかとも思えるのである。この著書の邦訳も出ているが、これは原文を読んだ方が良い。アマゾンで買うことも出来るが、インターネットで検索すれば出てくるからそれを読めばすむ。
私がここで取り上げたのは、人生哲学やら、心と身体に関することばかりではなく、『コギト』(われ思う故にわれ在り)に当てはまるのではないかとも思えるし、又諸々の現象についてもそれが当てはまると思えるからなのだ(『考える』ということによって、その結果として『われが存在する』と解釈する)。
ここで下世話なところに話を落として、電気製品の故障などがあったとする。すると、その原因を突き止めるということが重要なのであって、故障の現象に一喜一憂するのはアホかいなということなのだ。したがって、その原因究明にかかる費用が、費用の大部分を占めるべきなのであって、例えば故障の原因となっている部品交換の費用などは微々たる物にすべきなのである。
これは人間の病気にも当てはまるだろう。名医というのは、原因を突き止めるのみでなく、その原因のよって来る根源的なるものの思いをはせて、ずばりと一言で、つまり言の葉で快癒させるのである。しかし言葉で治しても、現行の医療制度では、金にならぬから、真の名医というものは生まれにくい、というよりそれは不可能に近い。だから、神の手などという2番手の名医がもてはやされるということになるのだろうと、素人考えをしている次第である。
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