2008年10月 7日 (火)

旧岩崎邸と日和下駄

 先日旧岩崎邸へ行った。有名なる無縁坂の左手にある。本郷あたりは坂の街である。

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 英人建築家コンドルの設計になる邸宅である。ボランティアの方のガイドツアーで小一時間案内をしてもらった。随分と贅をこらしていることが分かるが、戦後GHQに接収されていた時、かの悪名高きキャノン機関が使用していたらしく、素晴らしい壁紙をペンキで塗りつぶしてしまったという。

 文化の無い国の人々がやることはどうも荒っぽいというより、文化破壊である。それはこの一例ばかりではなく、今世界で起こっていることについても当てはまるのではないか?

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 しかしこの岩崎邸の内装にしても、又その建築にしても、永井荷風の『日和下駄』などを愛読している身からすれば、なにやら模造品の如く、極めて薄っぺらな印象しか受けぬのはどうしたことだろうか。

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2008年2月25日 (月)

とらわれない線

 ベルナール・ブネの彫刻のレプリカが足立区の公園にあるので見に行った。というよりは、以前にこれを見てトマソンの類ではあるまいかなどと、素人丸出しの、的違いの感想を持っていたのであったが、本日しげしげと眺めていたら、その下に名盤があったので、それと知ったというのが本当のところなのだ。

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   ブネの作品のいくつかをネットで見つけたので、下に借用して貼り付けてみた。このように書いてくると、いかにも私が、芸術には少しは明るい輩だと思われるかも知れぬが、全くの門外漢である。つまりこのブネの作品のどこがいいのか全く分からないのである。情けない限りだ。

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 やはり人間感性が極めて大事であると思い知った次第である。今頃そんなことを言うのは、阿呆かと思われるかも知れぬが、たいていの人間は私と同じ類なのではないかと、想像をたくましくして自分自身の感性の無さの、言い訳にしているのである。

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2008年1月15日 (火)

これはトマソンか?!

 『トマソン』なるものがある。ウィキペディアによれば、『トマソン、もしくは超芸術トマソン(ちょうげいじゅつとまそん)とは、赤瀬川原平らの発見による芸術上の概念。不動産に付着していて美しく保存されている無用の長物。創作意図の存在しない、視る側による芸術作品。』とある。

▼下に示す写真は、ちとトマソンの定義?からは外れるかも知れないが,『無用の長物』らしく思えるので、ひょっとしてトマソンではあるまいか?と考え掲載した。

Tomason

▼4号線(日光街道)脇に鎮座ましましていたので,果たして何に使用するものか,しげしげと眺めてみたが、どうもよく分からない。もう一度現場に行って、その近所の人に尋ねたり、綿密に調査してみようと思っている。気になると落ち着かない性質(たち)だからだ。

▼もしどなたかこれが何であるかご存知の方がおられれば、是非ご教授願いたいものである。

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2007年7月20日 (金)

月夜の浜辺

  本日の日経のコラム春秋に、中原中也の詩【月夜の浜辺】が引用されていた。以下にその全文を引用しておく。

【引用始め】
 「月夜の晩にボタンが一つ、波打際(なみうちぎわ)に落ちてゐた」。中原中也はその時、月の光に優しい引力を感じたに違いない。「それを拾つて、役立てようと僕は思つたわけでもないが、なぜだかそれを捨てるに忍びず、僕はそれを、袂(たもと)に入れた」

▼人には普段気づかないでいた価値にふと目覚める瞬間がある。月光にはそんな人間の眠った感性を揺り起こす働きがあるのかもしれない。アポロ11号が月に着いたのは38年前のきょう。アームストロング船長はその強い光をじかに全身で浴びた最初の人類だった。拾った月の石を宝物のように握って帰還した。

▼インサイダー取引で実刑判決が下った村上世彰被告には、山林に分け入りタケノコや山菜を見つける趣味がある。市場が見過ごす企業価値にいち早く気づき、投資家の先頭に立つファンド本来の役割にも通じる。だが自分の手で宝を埋め込んでいたのでは、価値を掘り出す自称「プロ」の名が泣こう。ボタンや石を大事に思う心とは程遠い。

▼「月の石」は今は博物館の土産物屋でも売っている。アームストロング氏は政界や商売を避け、農園で静かに暮らしている。おそらく自分だけの本物を家に大切に置いているのではないか。中原中也は詩をこう結んでいる。「月夜の晩に拾つたボタンは、どうしてそれが捨てられようか?」
【引用終わり】

  そして引用ばかりで恐縮ではあるが、元詩も引用する。

月夜の浜辺

月夜の晩に、ボタンが一つ
波打際に、落ちてゐた。

それを拾つて、役立てようと
僕は思つたわけでもないが
なぜだかそれを捨てるに忍びず
僕はそれを、袂に入れた。

月夜の晩に、ボタンが一つ
波打際に、落ちてゐた。

それを拾つて、役立てようと
僕は思つたわけでもないが
月に向つてそれは抛(はふ)れず
浪に向つてそれは抛れず
僕はそれを、袂に入れた。

月夜の晩に、拾つたボタンは
指先に沁み、心に沁みた。

月夜の晩に、拾つたボタンは
どうしてそれが、捨てられようか?

  時局のことを盛り込まねばならぬという決まりみたいなものが有るのかどうかは知らぬが、惜しいことに起承転結の転の所で村上世彰被告のことが出て来たのは、どうも唐突の感を免れないし、又こじつけとも思われるのだ。結については、38年前の本日人類が月に初めて降り立ったのであるからまぁいいであろう。

  このコラムは夭逝の詩人中原中也の、月夜の浜辺を引用した感性あふれるコラムになるところ、惜しいかな村上を持ってきたことで、その世界から落ちてしまったようだ。
特に、老生も昔、月夜とドングリという詩を書いたことがあるので、余計そのように思ってしまうのだ。

  というような、コラム氏には叱られてしまいそうな、大それたことを書いてしまったが、よくよく考えて見れば、これらの拙文は老生の独断的思い入れの表出に過ぎぬのであって、大新聞の一流コラムとしてまことに秀逸であると言うべきであろう。中原中也を持ってくるところがいいのだ。

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2007年2月 9日 (金)

寺田寅彦の随筆からの連想

  寺田寅彦の随筆集に『電車の混雑について』という、当時としては画期的な待ち行列に関する随筆がある。電車とは当時の市電のことであるが、今読んでも実に面白い教訓に満ち満ちている。

  何故こんなことを思い起こしたかといえば、昨日のこと完全予約制の病院に通院して、予約が予約になっていないことを目撃・体験したからである。

  この予約時間というのは、コンピュータで管理しているのではあるが、その手法と診察の実態とがマッチしてないのである。予約の時間は、例えば10時18分というように分単位で予約される。

  だが実際の待ち時間は、私の今までの経験から言うと、大体少なくとも30分、多いとき(昨日がそうだったが)1時間はざらの様だ。早い時間に予約すれば、遅れは少ないのは論を待たない。しかし遅くなると、診察時間の遅れが累積されてきて、1時間というような予約とは言えぬ様な途方も無い時間待たされることになる。

  その原因はお分かりと思うが、患者の中に一人で30分も診察時間をとるものが居るということなのである。しかしシステム設計をする前からそのような患者が出ることは想定しておかねばならないのは常識である。しかしてそのような本来の想定した1患者あたりの診察時間を大幅に超えるものについては、代替システムなり、あるいは別の対処要領などを定めておかねばならぬ筈である。

  このシステムを利用するときの最適戦略とは、一番早い時間を予約するということであるが、患者それぞれに都合というものがあり、又そのための予約制なのであるから、そのシステムを改善出来ぬのであるならば、ファーストイン・ファーストアウトの野放し的な従前のシステムに戻す方が合理的である。

  寺田寅彦の結論は、「第一に、東京市内電車の乗客の大多数は――たとえ無意識とはいえ――自ら求めて満員電車を選んで乗っている。第二には、そうすることによって、みずからそれらの満員電車の満員混雑の程度をますます増進するように努力している。」というものであった。

  そして寅彦はこれを人生に敷衍して、『よく考えてみると、いわゆる人生の行路においても存外この電車の問題とよく似た問題が多いように思われて来る。そういう場合に、やはりどうでも最初の満員電車に乗ろうという流儀の人と、少し待っていて次の車を待ち合わせようという人との二通りがあるように見える。』と述べている。

  昨日の通院からこんなことを連想してしまった。寅彦のような才能は全く持ち合わせて無いから、こんな感想しか書くことが出来ぬが、案外このような事象は、世の中に満ち満ちていて、それらについて思考をめぐらすことも面白いことと思ったのであった。

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2006年12月26日 (火)

いわゆる玄人

  東京新聞の夕刊では、今石川啄木の『一握の砂』が連載されている。とてもよい機会であるので、毎日読んでいる。読んでいるというよりは、接している、感じている、あるいは同期している(シンクロナイズ)というべきようだ。

  私が短歌などを作ると、どうもふざけてものになってしまう。狂歌にはさも似たりといったところである。写真で対象を切り取るのはこれは感性に他ならないが、短歌でもそうなのだろう。だが同人誌、結社などの紙面に載っているのを見ても、私には余り感心するというか、シンクロナイズ出来ないでいる。

  これは短歌を作ることを職業としているいわゆる『歌人』なるものや、趣味として色々応募している短歌ずれしたような歌にはどうしても、これまた共鳴することがほとんど無い。これは私の素人考えかも知れぬが、短歌の作り方とか、その他諸々の解説書などを買い込んでは見たものの、そんなものを読んでいい短歌が作れるはずが無いことは素人にも分かる。

  土曜の朝にNHKで短歌と俳句の放送があるが、これまたもっともらしい解説などをしているが、本当にその人が感動しているのか分かったものではない。営業的解説ではないかと疑ってしまうのだ。だからはじめは雑誌まで講読して、毎週聞いてはいたが、今ではもう止めている。

  下手なものほど実はうまいという逆説が成り立つのではないかと私は今考えている。下手な短歌ほど実は人に感動を与えるのではあるまいか。これを一般化して言えば、何事であってもその道のいわゆるプロの作品は感動を与えることがほとんど無いということになりはしないか?!

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2006年3月10日 (金)

トマソンに非ず!!

yuubinuke  これを『トマソン』と言うべきかは疑問なのであるが、先日とある豪邸の入り口に、写真に示すようなものが鎮座していた。郵便物を投函するということを、この物体の用途とするならばトマソンであるが、『郵便受け』とするならば立派な芸術品かつ実用品なのである。廃品の鉄製の実物払い下げを入手し、それを『郵便受け』としているのであれば、面白くもなんとも無い。『郵便受け』なるものはあまた販売されているのに、わざわざ昔懐かしい郵便ポストを模してこのように製作して実用に供すというのは、それなりの何がしかの遊び心と金銭的余裕が無いと出来るものではない。それとも、前島密の創設になる『郵便制度』に深い愛着を持つ人物の豪邸なのだろうか? それは知る由も無い。

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2005年10月29日 (土)

シュード・トラベルの現実性

老生と同じ年代の人の、夫婦での海外旅行が多いと聞く。友人などもトルコとか、イタリアとか、ニューヨークとか諸々のところへ連れ立って出かけている。当然のことながら、、国内の観光旅行などは言わずもがなである。

その様な旅行のあり様を伝えるメールに添付された写真を見ていると、一度も旅行に行ってない自分がある意味で情けなくもなるが、病を得てそれと付き合いをしている身なので、インターネット上の旅行でいかにも旅行をしたという気分に浸ることにしている。

人間にはイマジネーションということが出来る能力がある。というよりは、実際に旅をしてその場所へ行くということと、イマジネーションにて脳内で旅行してその場に降り立つというのと何処が違うのだろうかと、訝しく思うようになった。これは決して負け惜しみで言っていることではなく、茂木健一郎先生の『クオリア』に関する諸著作を拝読しているうちに、醸成された実感でもあるのだ。

正岡子規の『病臥漫録』や『病床六尺』などは彼の脳内に形成されたであろうクオリアに満ち満ちているという風に読んでもいいのではあるまいか? 小林秀雄氏が『無情ということ』の中で、『徒然草』に言及して、「彼は批評家であって、詩人ではない。徒然草が書かれたということは、新しい形式の随筆文学が書かれたというようなことではない。純粋で鋭敏な点で、空前の批評家の魂が出現した文学史上の大きな事件なのである。」と述べているが、上記の子規の著作についてもこのような全く違った観点で読んでもいいのではないか。

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2005年9月16日 (金)

公園の芸術

tabibito 『老人の日』週間が始まるその日に、心臓病院へ例の如く通院した。敬老週間にちなみ、都の公共の施設では入場料金が只である。病院の中は、いつもの通り、老人ばかりである。という自分自身もその一員なのではあるが・・・。

ついでながら、近くの公園に良い被写体が無いかと探しまわった。つい一月余り前までは菖蒲祭りをやっていて賑わいを見せていたが、今はひっそりと静まり返っていて、ベンチに寝ているのは、家無き人々のみである。

池田満寿夫氏の『旅人』が展示されていた。それは鏡のように光っているところがあって、そこには『旅人』なる文章が付されていたので、撮影してきたものを判読して次に記すことにする。誤記があるかもしれないのは御容赦されたい。

人は常に真実を追い求め

彷徨い歩くものである

人間とは何か・・・・・

人類の永遠のテーマを求め

流浪の民さながらに旅するのである

生きることそれじたい永遠の旅人を意味する。

その哲学をイメージ具体化したものが

私の作品『旅人』である。

鏡のように光ったステンレスのようなものの板の上に、氏の作品が埋め込まれている。従って、撮影している私自身の一部や、公園が写ってしまっているが、私の腕ではこのようにしか写すことは出来なかった。長野県にあるという氏の美術館(池田満寿夫美術館)にどうしても行かねばという思いに突き上げられると同時に、氏の幾多の著作をアマゾンに発注することを考えた。不思議なる出会いであったことを何ものかに感謝するとともに、通院の度にこの作品を見ようと思ったことであった。

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2005年7月11日 (月)

フリー・マーケット 起源 英単語 語源 

hurima アメリカに滞在中に経験したことだが、ガレージセールの広告が地方紙によく出る。アメリカ人のモビリティの高さの証左だと思う。そんなところへ行って、安いものを見つけるのは楽しみで、テニスのラケットやら、諸々の物を求めた思い出がある。最近わが国でもフリーマケットが盛んで、フリマと略称しているようだ。私の友人はよく御夫妻で、フリマへ行き、珍しい物を求めていて、その賑わいの様子や、求めたものの写真を添付したメールを送って下さる。行きたいものと思うのだが、残念ながら私の近辺では開催されることは無く、遠出をしなければならないので諦めている。ネットフリマでもやってみようかと思ったが、その喧騒の中に身を置くところにフリマのフリマたる楽しみがあるという偏見を持っているため、そのうちにということにしているのがまことに悔しい。(写真は友人に無断で掲載した)

リンク: フリー・マーケット 起源 英単語 語源 .

flea market 「フリー・マーケット」 「フリー・マーケット」の「フリー」を「自由の;無料の」の free と思い, 経済用語の「自由市場」と混同したり, 「一般の人が自由にできる市場」とか「無料の品物が手に入る場所, 物々交換する市場」という意味かと解釈したりする人もいるようです。 漢字で「蚤の市」とすればそんな誤解は起きないでしょうが, 最近はデパートや商店街などの催し物は「蚤の市」, リサイクルを兼ねた一般市民が㥸

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